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両親の離婚で感じた物

      2015/09/15

こんにちは村瀬です。

今回は自分の生い立ちについて少し書いてみようと思います。

私が5歳ぐらいの時だと思います。私の両親が離婚したのはそれからはずっと施設で育ち18歳で就職をして現在に至ります。

そんなエピソードを書きます。

突然の母の問いかけ

母『ねぇお父さんに会いたい?』

僕『うん…』

 

突然の出来事だった。

私が当時4歳ぐらいの事だったと思う。その当時”父”について何も考える事がなく育ちました。

私は物心ついた頃より母と2人で生活している事に何も疑問に思いませんでした。

ですから、何となく『うん…』とだけ何も考えずに返事をしました。

 

そんな母の問いかけから自分に父がいない事に小さいながら疑問に思いました。

 

お父さんってなんだろう?

お父さんってどんな人だろう?

 

当然その当時なぜ一緒にいないのかも知りませんでした。

それほど私は周りの親戚やおじいちゃんやおばあちゃんに支えられて幸せに過ごしていました。

今思えばあの返事さえしなかったら自分の両親が離婚しなかったのかもしれません。

後からあの返事で何年も苦しむ生活をしました、本当に後悔をしたって思いました。

突然の父の訪問

それから数日して父が訪問をしてきました。兄を連れて。

私は兄がいた事は知りませんでした。兄は4つ程私よりも年上で状況を何となく把握しているのか私の相手をすぐにしてくれました。

 

何やら父と母、親戚の全員が集まっている雰囲気が私は怖くなりこたつの中にもぐり込みひたすら泣いていました。

兄は事情を知っていたので私に付き合って一緒にこたつで相手をしてくれた事が記憶に残っています。

一所懸命訴えたが離婚

その当時は今から何十年も前の話で今より事情が違い離婚後の親権問題で確実に女性は不利でした。

まだ、女性が経済的に1人で子供を育てる事が難しいという理由で裁判になても女性が親権をもらえる事がなかったと聞かされています。

 

父と母の最期の喧嘩は今でも覚えています。

 

父『書類にサインしたんだから文句はないはずだろ!』

母『私から子供を取らないで!お父さんにお願いして!』

 

当時の私は状況もわからないでただ、母と離れる事になるって理解したのか泣きながらこうやってお願いしました。

 

僕『お父さんお願いだからママと離れてくない』

 

泣きながら何回も何回も訴えました。

 

その後どうやって大人同士の話はまとまったのか分からないですが私は、父に引き取られるようにりました。

母ともう会えないとわかるまで

私は唯一覚えているのはおばあちゃんが1週間だけ父の家に泊まっておいでと言う言葉を覚えています。

1週間だけ我慢すれば母と会える。

そんな事を考え了承して父についていきました。

 

自宅に帰るとすぐに兄が私の相手をしてくれたのを覚えています。

小さい頃の写真を持ってきてくれたり甘いハチミツを持って来たりといろいろしてくれたと思います。

私はずっと泣いていました。

 

もう母と会えないとわかるまでには少し時間がかかりましたが…

 

 

 

離婚後の生活と私生活へつづく

 

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